2010年11月4日

私は歌わない

最近、憲法集会などで『沖縄を返せ』(全司法福岡高裁支部作詞・荒木栄作曲、1956年)が歌われている。

もともとの創作者も、いま歌っている人たちも善意なんだろうけど、私は違和感を感じてとても歌えない。

我等と我等の祖先が血と汗もて 守り育てた」「我等のものだ沖縄は」などの「我等」とはいったい誰のことなのだろう。いわゆる「本土」(この言葉にもかなりの抵抗を感じる)の私たちのことなら、それは変だ。


江戸時代の島津藩による支配をはじめ「本土」は沖縄を支配してきた側だ。ただ、支配していたのは島津藩なり天皇制政府なのであり、私たちも沖縄の人々と同様、それらに支配・抑圧されていた同じ立場なのだけれど。


ついでに言えば「民族の怒りに燃える島」というのも、「日本は単一民族国家」という幻想の影響を受けているような気がしてならない。


以上、善意に対する言いがかりに過ぎない。(うたごえ運動の人たちは、いまだに「歌唱指導」といっている。うたは指導されて歌うものか?)

2010年11月1日

串刺しナンバリング:冗談なれど、王立協会は些かも疎かにせず

ワンライナー、私にも書けました!
MacOSXの道具箱(/usr/bin/)にひっそり隠れていたものたち。
ひとつひとつはちっちゃいけれど、力をあわせりゃ、このとおり。

No.1からNo.500までを串刺し8面付にするための連番を生成します。

jot - 1 500 1 | rs -t 0 8 | sed -e 's/ $/b/' | rs 0 1 | sed -e 's/b//' > num.txt


連番の個数がシート数の整数倍でなくて半端がでる場合、最後の何枚かのシートに連番が入らない欄が一つずつできます。そこのところの処理、ちょっと工夫しました。

  • jotで縦1列にならんだ連番を作ります。
  • 1回目のrsで面付された状態と同じように8列に連番が並びます。
  • 500より大きなところは空欄になってます。その行末の直前の空白は、ほんとは列のセパレータのはずですが、それと行末をセットにしてsedでマーク(b)を付けるのです。
  • 2回目のrsで縦1列にならびかえ。
  • 最後にsedでマークを外して、できあがり!


今回登場してくれたのは次のみなさん。sedさんには普段からいろいろお世話になってますけど、jotさんは、やもさんに教えてもらうまで知りませんでした。rsさんは、jotさんのmanpageで見つけました。これからもよろしく ^_^

jot -- print sequential or random data
rs -- reshape a data array
sed -- stream editor

2010年10月30日

串刺しナンバリング:改訂したけど、ウミスズメの黒焼きではありません

連番を任意の数字から始められるようにしてみました。ついでにスクリプト名や変数名を整理しました。(if...else構文も正しくしました:30日21時) ^_^


#  kszs.awk
#
#  使い方:
#  awk  -f  kszs.awk  >  num.txt

BEGIN {

#  連番開始・終了番号と面付数の入力を求める
    printf "開始番号=" > "/dev/stderr"
      getline sn_start < "/dev/stdin"
    printf "終了番号=" > "/dev/stderr"
      getline sn_end   < "/dev/stdin"
    printf "面付数="   > "/dev/stderr"
      getline n_men   < "/dev/stdin"

#  連番の個数を計算する
    n_sn = sn_end - sn_start + 1

#  総シート数(ページ数)を計算する # 以下6行訂正しました
    n = int ( n_sn / n_men )
    if ( n_sn % n_men == 0 ) {
        n_sheet = n
    } else {
        n_sheet = n + 1
    }
##    n_sheet = int ( 0.5 + n_sn / n_men )  # これは間違いでした

#  i は作業中のシート番号
    for ( i = 0; i < n_sheet; i++ ) {

#      j はシート内の面番号
        for ( j = 0; j < n_men; j++ ) {

#          シート番号と連番開始番号との和が
#          そのシート内最初の連番になる
#          また、総シート数の値が連番の増分となる 
            serialnum = i + sn_start + j * n_sheet

#          連番を標準出力に改行付きで書き出す
#          最大数を超えている場合は改行だけを書き出す
            if ( serialnum <= sn_end ) {
                print serialnum
            } else {
                print ""
            }
        }
    }
}


経緯については、前の記事をご参照ください。
    http://lamium.blogspot.com/2010/10/blog-post_30.html

それより、やもさんの新しい記事の方が、串刺しやこの間の経緯がよくわかります。
    Kushizashiはワールドワイドに

串刺しナンバリング:焼き鳥の一品ではござらぬ

串刺し印刷用の連番を生成するawkスクリプトを、私も遅ればせながら作ってみました。

串刺し印刷そのものをよく知らないので、なんか見当違いをしているような気もします。BEGINだけというのもawkスクリプトとしては変則的でしょうね。ご批評くだされ。

★ 総ページ数の計算と、if...else構文を正しくしました(30日21時)


# kusizasinum.awk
#
# 使い方:
#  awk  -f  kusizasinum.awk  >  num.txt


BEGIN {

#       連番最大数と面付数の入力を求める
        printf "最大数="        > "/dev/stderr"
                getline maxnum  < "/dev/stdin"

        printf "面付数="        > "/dev/stderr"
                getline mennum  < "/dev/stdin"

#       総シート数(ページ数)を計算する # 以下6行訂正しました
            n = int ( maxnum / mennum )
            if ( maxnum % mennum == 0 ) {
                    sheetnum = n
            } else {
                    sheetnum = n + 1
            }

#          sheetnum = int ( 0.5 + maxnum / mennum )  # これは間違いでした

#       i は作業中のシート番号
        for ( i = 1; i <= sheetnum; i++ ) {

#               j はシート内の面番号
                for ( j = 0; j < mennum; j++ ) {

#                       シート番号がそのシート内最初の連番になり
#                       総シート数の値が連番の増分となる 
                        serialnum = i + j * sheetnum

#                       連番を標準出力に改行付きで書き出す
#                       最大数を超えている場合は改行だけを書き出す
                        if ( serialnum <= maxnum ) {
                                print serialnum
                        } else {
                                print ""
                        }
                }
        }
}


連番を任意の番号から始められるようにした改訂版はこちら


なお、この経緯についてはスクリプトの達人のみなさんによる次のページを参照してください。

串刺し会長やまさん:These are the days of my life
  お話してきました。
  串刺し印刷について。

あさうすさん:実験ルーム
  串刺し面付けってなぁに?

やもさん:やもめも
  あえてScriptを使わずに串刺しナンバリングしてみる(小ネタ)
  Kushizashiはワールドワイドに

たけうちとおるさん:たけうちとおるのスクリプトノート
  僕もScriptを使わずに串刺しナンバリング
  僕もScriptを使って串刺しナンバリング

市川せうぞーさん:名もないテクノ手
  あえてScriptを使って串刺しナンバリングしてみる(小ネタ)

chalcedonyさん
  くしざし試作

2010年10月9日

フランス詩のリズム(書きかけ)

Arthur Rimbaud(アルチュール・ランボー)の「Le dormeur du val」という詩を河津聖恵さんが10月5日付blog『詩空間』で紹介ています。140年前の今月、プロシア・フランスの激戦に遭遇した16歳のランボー。死者の寒さに気づいたランボーの優しさと正義感に河津さんは感動したといいます(http://reliance.blog.eonet.jp/default/2010/10/post-9233.html)。


フランス語ではどんな響きがするのだろうかと、Wikipediaを起点に探してみると、『Litterature audio.com』に朗読がありました(http://www.litteratureaudio.com/livre-audio-gratuit-mp3/rimbaud-arthur-le-dormeur-du-val-version-2.html)。原文も見つけました(http://poesie.webnet.fr/lesgrandsclassiques/poemes/arthur_rimbaud/le_dormeur_du_val.html)。



私はフランス語はほとんどわからないのですが、ところどころにある英語やラテン語と似通った言葉を手がかりに読み・聴いています。「D'argent」(銀の)や「Dort」(眠っている)、「il a froid」(彼は寒い)、「Tranquille」(静かな)という語の前または後ろにおく休止が、その言葉を際立たせている、そんな朗読です。

原文の行かえと朗読での区切りが一致しないように思うのです。


さらに、フランスのSaphoという歌手が歌っているというので、探してみると、彼女の公式サイトで試聴ができました。http://www.fxproject.net/sapho/audio.html ;ここの49番めにあります。ロックだと思うのですが、こちらは行かえどおりの区切りで歌っています。


フランス詩では、いったい、行かえはどんな位置づけになっているのでしょうか。


Le dormeur du val
C'est un trou de verdure où chante une rivière,
Accrochant follement aux herbes des haillons
D'argent ; où le soleil, de la montagne fière,
Luit : c'est un petit val qui mousse de rayons.


Un soldat jeune, bouche ouverte, tête nue,
Et la nuque baignant dans le frais cresson bleu,
Dort ; il est étendu dans l'herbe, sous la nue,
Pâle dans son lit vert où la lumière pleut.


Les pieds dans les glaïeuls, il dort. Souriant comme
Sourirait un enfant malade, il fait un somme :
Nature, berce-le chaudement : il a froid.


Les parfums ne font pas frissonner sa narine ;
Il dort dans le soleil, la main sur sa poitrine,
Tranquille. Il a deux trous rouges au côté droit.

こちらでは中原中也による訳詞を引いておきましょう。『青空文庫』に収録されているものです(http://www.aozora.gr.jp/cards/001296/card47296.html)。



谷間の睡眠者
これは緑の窪、其処に小川は
銀のつづれを小草をぐさにひつかけ、
其処に陽は、(ほこ)りかな山の上から
顔を出す、泡立つ光の小さな谷間。


若い兵卒、口をき、頭はき出し
頸は露けき草に埋まり、
眠つてる、草ン中に倒れてゐるんだそらもと
蒼ざめて。陽光ひかりはそそぐ緑の寝床に。


両足を、水仙菖(すゐせんあやめ)に突つ込んで、眠つてる、微笑むで、
病児の如く微笑んで、夢に入つてる。
自然よ、彼をあつためろ、彼は寒い!


いかな香気も彼の鼻腔にひびきなく、
陽光ひかりの中にて彼眠る、片手を静かな胸に置き、
見れば二つの血のあなが、右脇腹にいてゐる。

2010年9月12日

awkメモ:HTMLのtableに1行おきの背景色をつける

これは自分用のメモです。sed & awk使いには「また、車輪を再発明しとってやがな〜」とそしられそうなものばかりでしょう。

先の記事でつくったような単純なtableの行やセルに体裁をつけます。まずは、1行おきに背景色を指定し、しかも左端の第1列には色をつけない...

BEGIN {
  RS="</tr>"
  FS="<td>"
}

NR % 2 == 1 {
  print $0 RS
}

NR % 2 == 0 {
  print $1\
  "<td>"$2\
  "<td style=\"background-color:#ccffff;\">"$3\
  "<td style=\"background-color:#ccffff;\">"$4\
  "<td style=\"background-color:#ccffff;\">"$5\
  "<td style=\"background-color:#ccffff;\">"$6\
  "<td style=\"background-color:#ccffff;\">"$7\
  "<td style=\"background-color:#ccffff;\">"$8\
  RS  
}

もとのHTMLのソースで、1レコード=複数行にしているので、レコードセパレータ(RS)とフィールドセパレータ(FS)でちょっと無理をさせてます。そのため、$1が「<tr>」に、表の1列めが$2、2列めが$3...と気持ち悪いことになってしまいました。

</td>と改行、インデントは$2〜$8の末尾にそれぞれ入ってます($8にはインデントは入っていませんが)。

1レコード=1行だったもとのタブ区切りテキストを直接、awkに喰わせる方が簡単かもしれません。

レコード番号(NR)の剰余(演算子%)で場合分けをしてますから、「n行おき」の指定も可能です。(↑これが、このスクリプトのミソですね)

なお、上の例では1列目以外は同じ背景色ですが、列毎に書式を指定できますね。

まあ、とりあえずの間に合わせスクリプです (^_^;;

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sedメモ:タブ区切りテキストからHTMLのtableへ

これは自分用のメモです。sed & awk使いには「また、車輪を再発明しとってやがな〜」とそしられそうなものばかりでしょう。

s#^#<tr>\
  <td>#
s#$#</td>\
</tr>#
s#\t#</td>\
  <td>#g

InDesignで組んだ表を選択してテキストに書き出すと、タブ区切りものが得られますが、それをHTMLでの表に書き直す、その作業の一部。<tr>と<td>タグを書き込む付けるsedスクリプトです。
1レコード=1行の方が後の処理が楽そうですが、出来上がるHTMLソースが読みやすくなるようインデント・改行を加えて、1レコード=複数行の書式にしてます。


こんな風です。

タブ区切りテキスト:
  学校数 給食実施校  未実施校 備考
   完全給食 ミルク給食  
 神戸市 85 2* 83  75校で弁当販売 *は夜間中学
阪神 尼崎市 20 1**  19 **は夜間中学での補食給食
 西宮市 20 20   
 芦屋市 3   3 
これを上のスクリプトで処理すると:
<tr>
  <td></td>
  <td></td>
  <td>学校数</td>
  <td>給食実施校</td>
  <td></td>
  <td>未実施校</td>
  <td>備考</td>
</tr>
<tr>
  <td></td>
  <td></td>
  <td></td>
  <td>完全給食</td>
  <td>ミルク給食</td>
  <td></td>
  <td></td>
</tr>
<tr>
  <td></td>
  <td>神戸市</td>
  <td>85</td>
  <td>2*</td>
  <td>83</td>
  <td></td>
  <td>75校で弁当販売 *は夜間中学</td>
</tr>
<tr>
  <td>阪神</td>
  <td>尼崎市</td>
  <td>20</td>
  <td>1**</td>
  <td></td>
  <td>19</td>
  <td>**は夜間中学での補食給食</td>
</tr>
<tr>
  <td></td>
  <td>西宮市</td>
  <td>20</td>
  <td>20</td>
  <td></td>
  <td></td>
  <td></td>
</tr>
<tr>
  <td></td>
  <td>芦屋市</td>
  <td>3</td>
  <td></td>
  <td></td>
  <td>3</td>
  <td></td>
</tr>

前後に<table><tbody>タグを書き込めば、とりあえず表の形になります:
学校数 給食実施校 未実施校 備考
完全給食 ミルク給食
神戸市 85 2* 83 75校で弁当販売 *は夜間中学
阪神 尼崎市 20 1** 19 **は夜間中学での補食給食
西宮市 20 20
芦屋市 3 3

(あ! こりゃ、例がまずかった! 兵庫県内では学校数で53%、自治体(設置者)数で75%が中学校完全給食をやってます。ミルク給食だけの神戸とか実施していない芦屋なんかは少数派なのです)

行や列ごとに背景色など書式をつけたり、数字のセルだけ右寄せにしたり...など<td>内への書式指定はawkで半自動化できるはず。それは後ほどアップします。

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2010年8月8日

持ち重みのする詩歌アンソロジー

美術博物館でのボランティアへの出がけ、郵便受けをのぞいたら、ずっしりとした封筒が入っていました。

封筒には差出人が書いてありません。でもすぐわかりました。『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』だ!

A5判、312ページ。持ち重みがします。紙の重さだけではありません。奥付まで省いて、最終ページまでを埋め尽くしている、79人の詩人・歌人・俳人の「うた」の重みです。

書店で和文-欧文混植の書物は珍しくありません(組版は難しいのですが)。テレビ・ラジオで流れる歌にも米語のフレーズがいっぱいです。

でも、和文-한글混植の書物はあまり見かけません。

このアンソロジーによせられた「うた」の多くは日本人による日本語の「うた」ですが、これまで한글のみで書いてきた在日詩人が日本語詩に初挑戦したもの、日本語詩人が한글でうたったものも収録されています(このことの意味もよく考えてみたいと思うのです)。

また、別冊で京都朝鮮中高級学校生16人の若々しい、率直な詩と散文のアンソロジーも発行されています。

河津聖恵さんたちの呼びかけから、わずか1ヶ月という短期日に79人もの「うたびと」と朝高生たちがこうした様々な表記の「うた」でこたえた思いの重みをしっかり受けとめたいと思います。


→『アンソロジー』の購入申し込みについては、河津さんのブログ記事へ




河津さんたちは10日にこのアンソロジーを携え、文部科学省に要請を行う予定です。
ガンバレー!

《Mittwoch, August 11 追記》
要請の様子を河津さんがブログで報告しています。→こちら


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2010年8月4日

Apple Magic Trackpadがマニュアルの手順ではインストールできない?

これまでMagic Mouseしか使ってなかったMac miniにMagic Tracpadをインストールしようとしたのですが、Tracpad付属のマニュアル冊子(クイックスタート)の手順ではうまくいきませんでした。

クイックスタートでは、
  1. ソフトウエア・アップデートでトラックパッドソフトウエアをインストールする
  2. トラックパッドの電源を入れる
  3. トラックパッドを登録する
という手順です。

しかし、Mac mini側でMagic Trackpadの接続を認識していない状態では、ソフトウエア・アップデートをしてもトラックパッドソフトウエアはインストールされず、システム環境設定にトラックパッドの項目が現れません。

そこで、
  1. トラックパッドの電源を入れる
  2. システム環境設定>BlueoohでMagic Trackpadを認識し、接続を確立する(この時点では種類「マウス」として認識されます)
  3. ソフトウエア・アップデートを行い、トラックパッドソフトウエアをインストールする
  4. 再起動後、「bluetoohトラックパッド設定」が自動的に起動する
  5. トラックパッドの電源を入れ直すと、登録が行なわれる(こんどは種類「トラックパッド」と認識されている)
私の場合、この手順でMagic Trackpadが使えるようになりました。

追記:
同文をAppleのディスカッションボードに書いたら、さっそく、アドバイスがありました。
件のソフトウエアをまず探せばいいんですね。
Magic Trackpad および Multi-Touch アップデート 1.0

すると手順は、
  1. ソフトウエア・アップデートをする(念のため)
  2. 最新のトラックパッドソフトウエアをアップル→サポート→ダウンロードで探してダウンロード・インストールする
  3. トラックパッドの電源を入れる
  4. トラックパッドを登録する
となります。

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2010年7月31日

とうとい

河津聖恵さんが、ブログで「とうとい」という表記を使っているのに気づきました。

「尊い」では、いかにも「道徳」いや、「修身」の教科書のよう。

とうとい」では「尊い」のように一目では読めず、「」「」「」「」と一文字一文字読まなくてはならないけれど、その間に、とうとい気分が染みてくるようです。

私もまねして「とうとい」と書くことにしましょう。

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2010年7月29日

続報:詩人・歌人による『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』

前の記事の続報です。
  • 執筆者が79人になりました。
  • ページ数も増えて312ページになりました。
  • 発行日が8月1日に決まりました。お届けは7日以降になります。
  • 京都朝鮮高級学校の生徒さんたちの作品集も付きます!(数に限りがあります。ご希望の方のみ)→詳しくは河津さんのblog
ということです。


世間ではこの問題は少し忘れかけられているような気がします。
このアンソロジーが起こす波が事態を前向きに進めますように!
「うた」に期待してます!

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2010年7月26日

詩人・歌人による『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』

高校の無償化はうれしいというより、やっとという感じなのですが、同じ年齢の青年たちが同じように学ぶ朝鮮学校が除外されるのは変です。うちの次男も高校時代、ラグビーで対戦するなど、他の分野では分け隔てなく扱われている学校です。

兵庫県の井戸知事は官僚出身で保守的な人ですが、朝鮮学校の無償化については「対象から外すべきではない」「朝鮮学校とほかの外国人学校と差を設ける必然性は、本県としてはない」「拉致問題の解決と引き替えにするような事柄ではない」と言ってます(ことし3月16日定例記者会見)。

ことし4月には詩人のみなさんがアピール集『言葉を紡ぐ者は訴えます』を発表しましたが、それに続いて今度は、詩とコメントのアンソロジーを発行するとの案内を河津聖恵さんからいただきました。




★★『朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー』のお知らせ☆☆

詩人と歌人、合わせて79名によるアンソロジーがもうすぐ完成します!
概要は以下のようです。

タイトル:「朝鮮学校無償化除外反対アンソロジー」
仕様:A5判縦 312頁
内容:79名の詩人と歌人による、コメントと作品のアンソロジー。
頒価:1部1,000円(送料込)
発行日:2010年8月1日

参加メンバー:愛沢革、相沢正一郎、葵生川玲、淺川肇、阿曾都、石川逸子、一色真理、伊藤芳博、岩崎リーベル豊美、上野都、宇佐美孝二、内田良介、大田美和、大橋愛由等、呉香淑、呉紅心、呉順姫、金子忠政、上手宰、河津聖恵、北川朱実、金敬淑、木下裕也、金里博、金忠亀(短歌)、金芳順、金正守、金明恵、久々湊盈子(短歌)、康明淑、草野信子、 くにさだきみ、倉田昌紀、甲田四郎 、高賛侑、今野和代、斎藤恵子、佐川亜紀、佐相憲一、沢田敏子、柴田三吉、秦勝元、神泉薫、徐正人、鈴木比佐雄 孫志遠、髙塚かず子、髙木護、竹村正人、趙南哲、崔龍源、崔梨奈,蔡徳浩、津坂治男、辻井喬、寺岡良信、徳弘康代、苗村吉昭、永島卓、にしもとめぐみ、野樹かずみ、野村尚志、朴才暎、朴泰進 原田麗子、日原正彦、福原恒雄、許玉汝、松尾静明、松岡政則、御庄博実、水島英己、望月苑巳、山田隆昭、四方田犬彦、梁学哲、李芳世、龍秀美、呂剛明

詩と短歌の原点である「うた」が本来持つ「うったえる力」。
79名の詩人・歌人が除外問題に向き合い、
言葉の暴力と差別意識を越えたあらたな共同性をもとめて
この国の現在に向かって「うたいあげ」ます。
この問題に危機感を抱くすべての人に読んでいただきたいと思います。


ご購入希望の方は私のアドレス(kiyoe51803291アットkibドットbiglobeドットneドットjp)まで予約メールをいただくか、
郵便振替 00970-1-126241 足立聖恵(アダチキヨエ)まで
ご希望の冊数を明記し、お振り込みください。




なお、書面でいただいた案内を私が入力し直しましたので、誤字などは私=森=の責任です。

また、銀行から振り込む際は次の店・口座番号になります(これも私=森=調べ)
銀行名:ゆうちょ銀行
金融機関コード:9900
店番:099
預金種目:当座
店名:〇九九 店(ゼロキユウキユウ店)
口座番号:0126241


なお、河津さんのblog「詩空間」の記事にもっと詳しい事情が書かれています。ぜひご覧ください。


河津さんの詩は、現代詩文庫『河津聖恵詩集』が入手しやすいですよ。


(7/28 河津さんのblogにより最新(最終)情報に改訂しました)
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中山岩太とル・コルビュジエ

中山岩太氏は《福助足袋 1930年》で、1930年、朝日新聞社主催「第一回国際広告写真展」の一等を受賞していますが、その時の講評が芦屋市立美術博物館の「モダニズムの光華 芦屋カメラクラブ」展(2010/4/17-6/20)に展示されていました。
最も純粋的広告写真の本格に叶って居り、商業美術の合理的態度を示してゐる。それ故、この写真の立場は尖端的にはル・コルブジエの機械的合理的精神にも適応し、東洋画の風格的精神にも合流し得るものであることが顕示されてゐる。
執筆者名は展示された状態からは見えませんでした。

ところで、「ル・コルブジエ」というのは建築家ル・コルビュジエ(Le Corbusier)氏のことですね。Wikipediaによると、ル・コルビュジエ氏の歴史的功績は「鉄筋コンクリートを利用し、装飾のない平滑な壁面処理、伝統から切り離された合理性をモットーとしたモダニズム建築の提唱」。芦屋市立美術博物館近くに展開するシーサイドの高層住宅群もその流れを汲むものでしょう。

しかし、中山氏のこの受賞作への「機械的合理的精神にも適応し」という評価には、ちょっと違和感を感じます。受賞作のニュープリントは「渋谷文化PROJECT」のカルチャーニュースに掲載されています。他の作品もそうですが、「機械的」というよりもずっと「情緒的・ロマンチック」だと思うんですが... 当時は「機械的」というのがかっこよかったんですね。

ところで、ニュープリントは芦屋市立美術博物館で展示されていたのも「渋谷文化」カルチャーニュースに掲載されているのも、足袋の底がすこし黒ずんでいますが、講評といっしょに掲載されていた印刷物では諧調が単純化されて、すっきりした印象になってました。ていねいな研究をふまえてこのニュープリントになったのでしょうけれど...

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2010年7月18日

レーニンのいう「生活」とは何なのだろう

レーニン全集(大月書店版)を読んでいて不思議な用語に出会いました。

生活」です。

A: vol.24 pp.46-47「わが国の革命におけるプロレタリアートの任務」
この軽信的な無自覚性とたたかうことによってのみ(ところで、これとたたかうことは、もっぱら思想的に、同志的な説得によって、生活経験を示すことによってのみ、おこなうことができるし...
...
軽信的な無自覚性と無自覚的な軽信性とは、とくにプロレタリアと貧農のあいだでは、日一日と消えていくであろう。資本家を信じてはならないということを、生活(彼らの社会経済的地位)が彼らにおしえるからである。

B: vol.24 p.70 ibid.
生活は、革命は、すでに実際にわが国に、弱い、萌芽的な形態でこそあれ、まさにこの新しい本来の意味での国家ではない「国家」をつくりだした。

C: vol.24 p.136「ロシア社会民主労働者党(ボ)ペトログラード全市協議会」
無政府主義者とちがって、われわれは、社会主義へうつるために国家を必要としている。パリ・コンミューンは、労働者代表ソヴェト型の国家---組織され武装された労働者の直接の権力---、労働者と農民の独裁の雛形をわれわれにあたえた。ソヴェトの役割、このような独裁の意義は、反革命にたいする組織された暴力であり、多数者に依拠して、多数者の利益のために革命の成果をまもることにある。......生活は、プロレタリアートと農民の独裁を、ブルジョアジーの独裁と絡みあわせた。つぎの段階は、プロレタリアートの独裁であるが、しかしプロレタリアートはまだ十分に組織されておらず、啓蒙されていない。彼らを啓蒙することが必要である。全国にわたって、このような労働者その他の代表ソヴェトが必要であり、このことは生活の要求である。


『新潮現代国語辞典』は、「生活」の語義として、
(1) いきていること。生存して活動すること。
(2) 生存のための経済的な面。生計。活計。口すぎ。
をあげています。このうち(2)の意味が近そうですし、上の引用Aの2番目にも「社会経済的地位」と括弧書きされています。

でも、なんかしっくりこないのです。

私はロシア語は読めませんので、原文がどうなっているかわかりませんが、日本語の「生活」とレーニンがここで使っているロシア語「生活」とは、かなりのずれがあるのでは?


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2010年7月13日

ごくわずかな少数派がなすべきことは

ちょっと古い文献から…
 ロシアにおける現在の時機の特異性は、プロレタリアートの自覚と組織性とが不十分なために、過渡〔権力をブルジョアジーにわたした革命の最初の段階から、プロレタリアートと貧農層の手中に権力をわたさなければならない革命の第二の段階への過渡〕ということにある。
この過渡は、(1) 最大限の合法性があること、(2) 大衆にたいする暴力が存在していないこと、(3) 平和と社会主義との最悪の敵である資本家の政府に対して、大衆が軽信的=無自覚的な態度をとっていること−−を特徴としている。
このような特異性がわれわれに要求するのは、ようやく政治生活に目ざめたばかりの、かつてないほど広範なプロレタリアートの大衆のあいだでの党活動の特殊な諸条件に、われわれが適応する能力をもつことである。
 ...いっさいの小ブルジョア的な日和見主義分子のブロックにくらべて、わが党が大多数の労働者代表ソヴェト内で少数派であるという事実を、しかも、いまのところわずかな少数派であるという事実を、みとめること。
労働者代表ソヴェトは、ただ一つ可能な革命政府の形態であり、したがって、この政府がブルジョアジーの影響のもとに陥っているあいだは、われわれの任務は、忍耐づよく、系統的に、根気よく、とくに大衆の実践的必要に適応したやり方で、彼らの戦術の誤りを説明することのほかにはありえないということを、大衆に説明すること。

レーニン「現在の革命におけるプロレタリアートの任務について」(1917年4月7日『プラウダ』)/大月書店版全集第24巻に収録されているものを少し書き換えました。

これは、10月革命の年、亡命先からの帰国直後に発表したテーゼの一部です。当然、現在の日本とは違う状況に対するものです。

しかし、日本も1945年の終戦、1946年の日本国憲法施行により、国民を主権者とする国にかわったものの、現在、大多数の国民がほんとうに主権者となっているのかどうか、という点では、レーニンのいう「過渡」……とても長い過渡期にあるのかもしれません。

10月革命前の「過渡」の特徴としてあげられている (1) (2) はそのまま現在の日本に当てはまります。(3) はというと…「最悪の敵」とか「軽信的」とか、レーニンらしく、激しい言葉(しかも“上から目線”)が続いていますが、これもけっこう日本に当てはまるかもしれません。どうでしょう?

そして、ほんとうの国民主権を実現するという革命の第二段階をめざす党が、国会や地方議会で「わずかな少数派」だということも、また、現在の日本の状況ですね。

革命党は少数派で、しかも今世紀に入ってからは低迷を続けていますが、一方、国民は全体として、長かった自民党政権を昨年の総選挙で終わらせ、その国民の期待に応えず右往左往した民主党政権に対し今回の参議院選挙で厳しい判断を示しましたから、歩みを前へ進めていることも10月革命前と同じでしょう。

こうした状況で、革命をめざす党の任務が「説明」……「忍耐づよく、系統的に、根気よく、とくに大衆の実践的必要に適応したやり方で」説明することだと、レーニンは言っていたわけです。


私たちに足りないのは、この「説明」の力なのかな……。きっとそう。

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2010年7月3日

選挙についての無用の詮索

ここ何回かの選挙では「マニフェスト」なるものを民主党、自民党など、「二大政党指向」というか、大洋の向こうの「正義の国」に憧れる諸政党が競ってきたが、今回の参議院選ではちょっと違ってきた。

みんなの党は「アジェンダ」、日本共産党は「選挙公約」と呼んでいる。


ところで、「アジェンダという言葉は、ラテン語の動詞「ago 為す・行う」の受動分詞中性複数主格形「agenda」らしい。つまり「為さるべき事ごと」。みんなの党が選挙後、このアジェンダにどう取り組むかは別として、選挙公約の名称としては、誠に妥当であろう。

ところが、「マニフェスト」という語もラテン語「manifestus」の中性単数奪格の副詞的用法に由来するらしいのだが、manifestusは「manus 手+*fendo 打つ」=「手で打たれた」→「手応えのある」→「明らかな」という意味であるから、「manifesto」は「宣言」という伝統的な訳が、やはり妥当であろう。つまり、マニフェストという語の語義自体には、その文書の内容を実行するかどうかということまでは、本来、含まれていない。「表明するだけで十分なのである。

民主党が、そこまで深く「マニフェスト」という語の意味を掴んで、この間の国政選挙で使ってきたのだろうか。私は、きっとそうだと思う。なぜなら、民主党が過去のマニフェストの「実行」にあまり熱心そうには見えないからだ。



以上、無用の詮索であるし、ラテン語文法・語源論も生兵法の謗りを免れぬものである。
笑って読み捨てられたし。

従来の自民党政治、とくに近年の構造改革路線で苦しい目にあわされてきた労働者、地方の要求が民主党のマニフェストに反映したし、政権交代も実現した。その後、そういう政治の変化に危機感を抱いた、大企業・財界とアメリカ合衆国政府が巻き返しにでたのが、この間の民主党の政策的右往左往、マニフェスト違反のほんとうの原因なのだそうだ。



:これは英語訛。“正しい”片仮名表記は「アゲンダ」である。

2010年6月26日

ほんとの面倒くさがり屋のためのMS-Wordファイル読解法

おととし書いた「面倒くさがり屋のためのMS-Word 2007ファイル読解法」「...旧版Wordファイル読解法」は、このブログのタイトルに恥じないものでありました :-)

Mac OSX にもともと含まれている「textutil」を使えば、“コマンド一発!”だったのです。Wordファイルをテキストに変換するなら、
$ textutil  -convert  txt  hogehoge.docx
これだけで、hogehoge.txtにテキストが書き出されています。作動時間もほんの一瞬です(長大な文書だとそれなりに時間はかかるんでしょうが、私が扱っている記事ぐらいの分量なら、ほんとに一瞬です)。

OSX 10.4ではdocだけでしたが、10.6ではdocxも扱えます。(10.5ではどうでしょう?)

そればかりか、textutilは、逆にテキストをワード文書やHTML文書に変換することだってできます。-convertオプションの引数には、txt、html,、rtf、rtfd、doc、docx、wordml、odt、webarchiveがありますので、これらの間で相互変換ができるのです。

いやはや、Macの/usr/bin/あたりをもっと掘ってみましょう。すてきなものが埋まっているようですよ。


新たなるS.s. liaodongensis発見のお知らせでした (^_^;;

2010年6月19日

museumの仕事講座2回目:古文書

芦屋市立美術博物館(サイトへ)の「市民学芸員養成講座」を受講してます。

残念ながら、学芸員資格取得に必要な「博物館実習」の単位にはなりません。
しかし、その内容は、ひょっとしたら、それ以上かもしれません。

初回はオリエンテーションだったので、今回の「古文書・古記録の調査」から本論です。

同館の山形隆司学芸員(写真左)から、古文書や用紙の歴史的背景や制度上の問題、実際の取り扱い技術などについての講義を受ました。

実習は江戸〜明治初期の本物の古文書の目録づくり。いや〜、読めません。普段、活字ばかり読んでいるので、青蓮院流—御家流のさらさらさらりっとした文字が読めません。
私にあたったのは、素麺の売り渡し価格が約定と異なっていることについての訴状のようです。押印がないので、控えなのかも...
内容はともかく、村人がこういう達筆?で文書が書けた、この時代は、なかなかすごいです。

ところで、現代だと用紙サイズはJISなどの規格がありますが、近世以前は、用紙サイズ←紙漉の枠幅←肩幅という関係で自然に決まってきたんだそうです。書状が写真のように細長く折られているその幅はだいたいどれも同じですが、実は、書き上げた書状を手でくるくると巻いた後、ぺたんと押しつぶしているだけ。これも手の大きさ(親指と人差し指でつくる輪の大きさ)がもとになるので、だいたい揃うという訳。...という話も山形さんからうかがったこと。

文書の内容・書式についての約束事はかなり厳格だったのに、用紙サイズや折り方はとても大雑把というかおおらかというか... この点も面白いです。



ところで、日本は公文書の管理がうまくいっていないらしい。今回見たような近世文書は、庄屋などまとめて保管されていたものですが、明治以降は、例の「日米密約」文書も首相が自分のうちに持って帰ってしまっていたり...  ヨーロッパでのように公文書館などで一元管理しないと、いろんなことが有耶無耶になりますよね。

2010年6月16日

ブログのタイトルを変えました

どうです?

新タイトルの縁起については別ページを設けて紹介しています。
http://lamium.blogspot.com/p/ss-liaodengensis.html


旧タイトル「Lamium amplexicaule」は私が大学4年の時、研究につきあってくれた、シソ科オドリコソウ属のホトケノザです。そういえばこのブログを始めたころ、あまり写りの良くない写真を載せてましたね。お暇な時に捜してみてください。

せば!

2010年6月15日

行連結sedスクリプト

私がつくっているのは新聞形式なので、一つ一つの記事は短いのです。そのため、原稿をメール本文で遣り取りすることがあります。

また、記事の中の段落も短く、SMTPの行長制限(1,000chracters)を超えることもあまりないのですが、メーラーが自動的に78桁以下に改行して送信してくることもあるし、古くからインターネットを使っている著者が、手ずから改行して送ってくれることもあります。

でも、それを組版するには、段落内の行を連結し直さなくてはなりません。もともと短い記事だから、手作業でもそれほど手間ではないのですが、ものぐさな私はそれをsedにさせてます。


★2011.11.18訂正:「P」と「D」を実行しないと、各段落の1行目が処理されなようです。そういえばはじめてこのスクリプを書いた時、この二つのコマンドを使った記憶があるのですが、長い間使ってなくて、思い出しながら書いたら、案の定、抜けてました。


スクリプトA: 段落冒頭の字下げを全角空白でしてある原稿用
:loop
$!N
s/\(.\+\)\n\([^ ]\+\)/\1\2/
t loop
P
D

 は全角空白です。

スクリプトB: 段落冒頭の字下げをしないで、空行で段落を区切ってある原稿用
:loop
$!N
s/\(.\+\)\n\(.\+\)/\1\2/
t loop
P
D

ほんとのことを言うと、MacOSXを仕事に使いだしてから、sedはあまり使わなくなっていたんです。この行連結スクリプトは、ずーっと以前(10年近く前?)、FreeBSDで編集作業をしていたころ使っていたもの。

最近になって、紙の新聞に加えてWeb版を公開することになり、そうなると、元の記事からWeb用にふさわしい表記に書き換える作業(全角数字を半角数字に書き換えるなど)が出てきました。それで、sedの出番となり、そのついでに記憶の底から引き出してきたのがこの行連結スクリプトです。

googleで検索してみても、行連結のsedスクリプトは見つけにくいので、ひょっとしたら誰かの役に立つかもと、ここに掲載する次第です。

2010年6月13日

Macのsedはやっぱり変! でも『ネコのマロン...』は面白そう

MacOSXのsedは、まだマルチバイト文字がうまく扱えないようです。

このsedでも、

 script_0  y/1234567890/1234567890/g

は、環境変数LANGがja_JP.UTF-8にセットされていればちゃんと動きますし、modernな正規表現も「E」オプションをつければ使えるのですが、下のtest.txtを
 script_1  s/[^]+/NEKO/g
で編集してみると... 元のままのテキストが出力されるだけ。patternがマッチしていないようです。

test.txt
[A]
コのマロン参院選に立つ。』の著者さん編集担当さんには
鳩山首相の辞任はとんだとばっちりではないですか?

今回の参議院選挙に間に合わせて公職選挙法を改正してット選挙を
解禁することはすべての党派で一致していたのに、辞任のドタバタで
会期を延長しないと改正が間に合わない...

ところでット選挙が解禁されても私がつくっているような印刷物での
選挙は従来どおりほとんどできないままになるようです。

[B]
コのマロン,参院選に立つ。』の著者さん編集担当さんには

[C]
コのマロン参院選に立つ。』の著者さん,編集担当さんには


そこで、マルチバイト文字である「」をシングルバイト文字の「,」に替えてみると...
 script_2  s/[^,]+/NEKO/g

編集結果は:
[A]
『NEKO
鳩山首相の辞任はとんだとばっちりではないですか?

今回の参議院選挙に間に合わせて公職選挙法を改正してNEKO
解禁することはすべての党派で一致していたのに辞任のドタバタで
会期を延長しないと改正が間に合わない...

ところでNEKO
選挙は従来どおりほとんどできないままになるようです。

[B]
『NEKO,参院選に立つ。』の著者さん編集担当さんには
[C]
『NEKO,編集担当さんには

変な文章になりますが、これは意図どおり。script_2は正しく作動しました。


私が編集しているのは日本語テキストなので、MacOSXのsedがこの有様では仕事になりません。(あ、書き忘れましたが、この記事でのスクリプトや処理対象テキストのエンコードはUTF-8です)。

そこで、GNUのsedをインストールしてみました。GNU sedでは「+」はエスケープしないといけないので、スクリプトは、
 script_3  s/[^]\+/NEKO/g

編集結果は:
[A]
『NEKO参院選に立つ。』の著者さん編集担当さんには
鳩山首相の辞任はとんだとばっちりではないですか?

今回の参議院選挙に間に合わせて公職選挙法を改正してNEKO
解禁することはすべての党派で一致していたのに辞任のドタバタで
会期を延長しないと改正が間に合わない...

ところでNEKO私がつくっているような印刷物での
選挙は、従来どおりほとんどできないままになるようです。

[B]
『NEKO編集担当さんには
[C]
『NEKO参院選に立つ。』の著者さん,編集担当さんには
はい、これも意図どおり (^_^)y これなら仕事に使えます。


なお、『ネコのマロン、参院選に立つ。』(植松眞人著, 保育社から7月上旬発売予定)は、ネット選挙が主なテーマじゃなくて今まで政治や選挙に興味がなかったり敬遠していた人々、または政治に興味を持ち始めた学生たちに、選挙のしくみをネコのマロンを通して楽しみながら知ってもらいたい...と企画されたのだそうです。

選挙や投票とは何か、参院選の任期のこと、など基本的なことから説明します、とのこと。つまり、私が上のtest.txtで書いたようなことは心配ないということです。


この本について詳しくは「ほいくしゃの本屋さん」サイトのページをご覧ください。
http://hoikusha-shop.jp/SHOP/9784-586-08510-1.html



なお、なお、GNU sedはオリジナルのソースからコンパイルしました。4.2.1版なのですが、MacOSX 10.6のXcodeであっさりインストールできましたよ。
MacPortとかFinkとかを使おうかと思ったのですが、それ自体がちょっと大層な(かつて、OSX 10.4で使った折の印象)システムなのでやめました。それに、MacPortだとsedをインストールするにはgettextとlibiconvが必要、gettextはexpat・libiconv・ncursesの3つが必要で、さらにncursesはncurseswが必要、戻ってlibiconvにはgperfが必要.......こんな風に芋蔓式にインストールするものが増えていくのも難儀なことでした(これはFinkでも、*BSDやLinuxのパッケージ管理システムでも同じですね)。今回、sedのソースだけでコンパイルできたってことは.... あの芋蔓はいったい (@_@;;

2010年4月15日

携帯電話から投稿してみました

たつの市の公園に休んでいたC11。


ちょっと試してみました。(でも、写真は携帯じゃなくて、一眼レフで撮ったもの。カメラで撮影→Macでレタッチ→(mailで転送)→携帯→(mailで転送)→blog...てな経路)

以前はタイトルのエンコードが合わなくて「文字化け」状態になってしまってましたが、もう大丈夫ですね。よしよし(^_^