الاسكندريةとなって読み方は、
アル・イスカンダレイヤ...え!? 「イスカンダル」?? じゃ、その隣は……
الغملون アル・ガミロン……なんてわけないですよね。
(このページはutf-8なのでマルチリンガルな書き方を試してみました。一部をアラビア語表記にしています。他のPCやMac、unixなんかではどうみえるんでしょう? うまく見えない方もあるでしょうが、試みなので許してください。)
الاسكندريةとなって読み方は、
アル・イスカンダレイヤ...え!? 「イスカンダル」?? じゃ、その隣は……
الغملون アル・ガミロン……なんてわけないですよね。
これは金子光晴の『鬼の子の唄』から「風景」、その冒頭です。高校で使った教科書に載っていました。この詩についての授業はなかったのですが、それから30年、記憶に残り続けています。いきのこつた一匹のしやうじやう蠅が自分の影に追はれて
まひまひしてゐる。
年月がゆき、ペトンで固めた角ばつた地球は、
最後の栓をとぢた。
……もう誰もゐない。
さんらんたる石女よ。第2 次世界大戦は、この「風景」にまで突き進みはしませんでしたが、地上の大半をまきこんで終わりました。自分たちを戦争に駆り立てた国家を自ら打ち倒してつ くったものではなく、連合国から与えられたものであるにせよ、日本国憲法が歓迎されたのは、もう戦争はこりごりだという当時の国民多数の実感によるもので しょう。
不用になつた空のきよさ。あかるさ。やさしさ。核の時代、次の世界大戦では金子さんが予言した「風景」が現実のものとなるでしょう。私たちは「石蚕」ではありません。「叡智あるヒト」として、歴史を逆行させようとするものとたたかいたいと思います。
みなさん、おはようございます。
ともだちの「せと恵子」さんが神戸市長選挙に立候補することになりました。夕方、家へ帰ってみると、明かりのついていないほの暗いリビングに泥の混じった水がこぼれています。「なにをやったんや?」と跡をたどってベランダへ出てみると、小学校2年生の末息子がほうきで水を溝から掻き出そうしています。「うまいこと、いかへんねん」とか細い声で言い訳をするので、「バカ! こんな天気のいい日にベランダから水をこぼしたら、下の人に迷惑やろ!」と叱ってしまいました。
実際、水はベランダの敷居を越えてあふれだしています。あわてて掻き入れようとしたのですが……。
逆なのです。水流は外からベランダの中へ向かっているのです。
すでに1階部分は没し、水は私たちの住む2階を呑みこもうとしているのです。息子はひとり、おしよせる水とたたかっていたのです。