2006年1月17日

受診抑制と重篤化

のどが痛くてどうしようもないので、職場近くの耳鼻咽喉科に駆け込んだら、みごとにインフルエンザA型にかかっていることが判明しました。

どうりで体全体もだるいわけです。

実は、症状が出たのは先週木曜の夜。翌日は頭がずきずきするので一日寝ていました。土曜日にはちょっと体が浮くような感じがしたものの、仕事が気になって出勤。月曜日は例のごとく徹夜で編集作業をして、きょう(火曜日)はその徹夜のまま1時間歩いて、阪神・淡路大震災早朝追悼集会の取材に出かけたのでした。会場の諏訪山公園(神戸市中央区)まで登る最後の坂では、息も絶え絶え。歳のせいかと思ったのですが、この時すでに37℃を越える熱があったようです。

医院では特効薬タミフルを処方してもらったのですが、もう手遅れですよね。やれやれ、跋扈する新自由主義のもと、受診抑制・重篤化を自ら実践してしまいました。

2006年1月1日

道可道非常道

ことしは46歳になります。カーソルが尺*1 の右側にきて久しいですし、右端もそろそろ見えてきましたか…。目盛り間隔はずいぶん狭くなってきました。10代後半のころの1年間がいまの3年間から4年間のように感じます。


道可道、非常道、名可名、非常名*2
「『道』が語りうるものであれば、それは不変の『道』ではない。『名』が名づけうるものであれば、それは不変の『名』ではない」*3

30年前に出会ってからいままで、このことばに支えられて生きてきました。
熱狂せず、盲信せず。おかげで変な道に進まずにすみました。しかし、確信せず。この立場を保ち続けるのは、すこしつらいこともありました。
それでもやはり、私はこのことばに従っていこうと思います。

*1  これは計算尺です:-) 下から4番めがD尺、ここの46にカーソルを合わせています。そこから1つおいて上のCI尺に17を置いてみました。目盛り間隔が時間感覚と微妙に暗合してるでしょ?
*2 『老子』
*3  小川環樹訳

2005年12月20日

元日本軍「慰安婦」イ・オクソンさんの講演

ハルモニ講演会

神戸女学院大学石川ゼミのみなさんが韓国・ナヌムの家나눔의 집)をことしも訪問してきましたが、こんどは、ナヌムの家から元日本軍「慰安婦」のイ・オクソンさん(이옥선 할머니)を招いて講演会がおこなわれます。
  • 日時:12月20日(火)午後2時-5時
  • 会場:神戸女学院大学ジュリア・ダッドレー記念館1階会議室
日本国内で、元「慰安婦」のハルモニの思いを直接聴けるまたとない機会ですね。

参加希望者は、神戸女学院大学女性学インスティチュートまで
電話: 0798-51-8545

この記事はもともと10月の末に書いたものです。
ここのブログはあとから記事の日付を変更できるのを利用して、再掲(というより掲載位置を変更)してみました。ですので、以下の「ベアテの贈りもの」上映会の記載は古くなってますが、ご容赦ください。

「ベアテの贈りもの」上映会

なお、神戸女学院では学院創立130記念行事として映画「ベアテの贈りもの」の上映会もおこなわれます。労働省婦人少年局局長時代、男女雇用機会均等法を成立させた、元文部大臣・赤松良子さんの講演も。
  • 日時: 11月10日(木)午後5時30分から(開場は5時10分)
  • 会場: 神戸女学院講堂
ベアテ・シロタ・ゴードン(Beate Sirota Gordon) さんは、22歳の時、GHQ民政局のスタッフとして日本国憲法の人権条項作成に携わった人。第14条「法の下の平等」、第24条 「両性の平等の原則」などに、ベアテさんの草案が生かされています。赤松さんはこの映画の製作委員会代表でもあります(神戸女学院の出身だと思うのです が?)。

この映画は、藤原智子監督によると
ベアテさんが書いた男女平等の条文を起点にして、戦後、日本の女性たちが今日までどのような、地道な歩みと活発な運動を展開してきたかを検証する、いわば映像による戦後女性史のひとつです。(←映画『ベアテの贈りもの』製作委員会サイトから)
一般の参加申し込みは10月31日まで。急がなくっちゃ!
詳しくは、この案内チラシを。

2005年12月11日

サンタクロースへの手紙

娘がせっせと縫い物をしていると思ったら、こんなのをつくってました。黄色いのは自分の、青いのは弟のです。

「ちょっと小さいね」
「プレゼントを入れてもらうんとちゃうねん。お手紙を入れとくねん」



数日後――
「サンタさん、手紙とりに来てないなぁ…」

はい、はい。ちゃんとサンタさんに渡しときましたよ。

咲いてみたものの

花びらをひらいてみました。しかし、急に寒くなりましたね。これではヒラタアブくんも来てくれそうにありません。
ちょっと待ちくたびれてしまいました。

この写真はこれまでとは別の個体です。前のは道路工事のとばっちりで行方知れずになってしまったのです。都会暮らしはきびしいです。

2005年12月10日

VENI, VIDI, VENUS!

きのう、金星が最大光度、-4.7 等となるというので、南中時(14時45分ごろ)、仰角30°に目を凝らしてみたのですが、巻雲(cirrus)ばかりが美しく、見つけれられませんでした。

きょう、仕事で神戸市北区の鈴蘭台へやって来ました(veni)
観ました(vidi)
おぉい、金星(Venus*。昼間**の君もすてきだよ!

*Venusは第II変化名詞じゃなくて、genusと同じく第III変化名詞ですよね?
** 16時前ですが、この季節ではもう夕方かな?

2005年11月24日

ボランティアを支援するボランティア

知人のOさんが退職後、兵庫県でボランティアグループをつくりました。
ちょっと変わっているのは、「メタ・ボランティア」とでもいうのをめざしているところ。
「案内」によるとこのボランティアグループ、「キャス」Campaign Assist Square)*は、
平和やくらしをよくするために活動する団体や個人を応援する
ボランティアグループなのです。みずから直接、なにかの活動をするのではなく、ボランティアを応援するボランティアなんですね。
  • それぞれの団体の政策づくり、事務局活動の支援
  • 勉強会への講師派遣
  • ニュースやチラシ、機関紙など出版物の編集支援
  • 翻訳、海外調査のお手伝い
などが「キャス」の活動です。

これまでの市民運動が培ってきたノウハウはけっこうあるんですよね。
地域などで、さあ、市民運動を起こさなくては、でも、だれもそんな経験はない...といった場合、頼りになりそう。

「キャス」自体のスタッフ(ボランティア)も募集してますよ。企画、編集など腕に覚えのある人はぜひ!


* まだ、ウェブサイトはできてなくて、ブログで代用しているようです。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/53313

2005年11月14日

もう花をつけてみました

ちょっとピンボケですが、写真の中ほどにほんのり桃色のつぼみが見えますか?
たぶんこのまま花弁はひろげないで実を結ぶことになると思います。
なにぶん都会で経済的には大変なんですが、しっかりがんばってますよ。


ブログへの登場は久しぶりのL. amplexicauleでした。

2005年11月13日

あたし

えらけいこ『あたしち』Vol.11(2005.11.9, メディアファクトリー)がでました。

わがやではこの本がとても人気です。娘にいわせると、タチバナ家の「父」と「母」の性格が私と妻によく似てるんだそうです。
「父は外では腰が軽く、家では腰が重い」(No.1)とか、「母は合理性の鬼」(No.7)とか、う〜ん、そうだねと思えるようなところもあります。
もっとも、私は、あたしちの「父」ほど甲斐性はなく(私の年収は1/3ぐらいしかないと思いますよ)、妻はあたしちの「母」ほど「グラマラス」(No.9)ではありませんが...

No.32の「頭もくつ下も使ってると...すりきれてきちゃうんだねー」というのは、ほんとうです。私の経験からいっても(^_^)

2005年11月10日

侵略国家の遺物

きょう(11月10日)付「神戸新聞」の阪神版に、戦前から長年にわたり、芦屋警察署の会議室にかけられていた書が、南次郎氏(1874--1955)の筆と判明したという記事が載っていました。
武人とはこういう字を書くのかと思わされる力強い筆遣いで「剛健」と大書されています。警察官のみなさんの士気をおおいに高めたことでしょう。

しかし、南氏は、朝鮮軍司令官、陸軍大臣、関東軍司令官、朝鮮総督などを歴任し、中国、朝鮮への侵略戦争・支配の先頭に立ってきた人物です。

陸軍大臣だったのは、満州事変(1931年)の時。最終的には戦争拡大路線に立ち、A級戦犯として裁かれた東京裁判で、終身禁固刑の判決を受けています。
また朝鮮総督だったのは1936年から6年間。日本語使用の強要、「創氏改名」など「皇民化政策」を推進した総督なのです。

いまの日本国憲法のもと、このような人物の書をありがたがるというのは、どうなんでしょうか?

直ちに降ろして、しかるべく処分(せいぜい遺族に返すぐらいでしょうか?)するのが「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」た者、「他国と対等関係に立たうとする」者の責任ではないかと私は思うのですが...